これは、青春まっさかり遊庵少年の葛藤のお話である。



《続続・幸せ家族計画(前編)》



時刻は夜の9時。夜の静けさの中で、道路沿いのバイクのエンジン音がいやに響く。
部活疲れでぐったりと自分の部屋のベットに沈む遊庵には、その音さえ眠りを誘う音楽のように聞こえた。
意識がこのまま閉じられようか――という時、コンコン、と小さなノックの音がした。
ヘッドホンをしながらベッドの上でうとうとと眠りかけていた遊庵だが、この微かな音を聞き取り慌てて飛び起きる。

丁寧にノックしてこの部屋に来る者など、一人しかいない。

「遊庵……お風呂空いたので入ってください」

静かにドアを開け、艶かしく小首を傾げながらはにかむのはひしぎ。
お風呂上がりらしく、漆黒の髪からは水滴が滴り落ち、頬には少し紅がさしている。大きめのパジャマからチラチラと見える白い肌も美しい。

水も滴る…とはまさにこのことだ、とぼんやり思いながら、はっとして遊庵は慌てて目を逸らした。

「オ…オレより先に風呂入んなっていつも言ってんだろ!?」

遊庵少年は青春を謳歌している17歳。
想い人――ひしぎの後の風呂に入ろうものなら、変に残り香など意識してしまって緊張してしまう。流石に一人で風呂場を汚すような真似はしたくない。
嗚呼、悲しきかな17歳。

「ひどい…遊庵ったら、またそんな事を……」

そんな遊庵少年の気持ちなどつゆほども知らないひしぎは、俯いて涙を滲ませる。

「母親の……私の入った後のお湯など、汚くて入りたくないという事ですか…」

「なっ…、違う!」

ひしぎと遊庵は母子関係である。
と言っても、遊庵は孤児院から引き取った子なので血は繋がっていないが。
なのでひしぎは28歳という、高校生の親にしては異例の若さである。

「どうかしたか?」

ひしぎの泣き声を聞きつけたのか、吹雪が階段を昇って遊庵の部屋にずかずかとやってきた。

ひしぎはぱっと吹雪を見つめ、その胸に飛び込む。

そんな状況を良しとはもちろんしないものの、遊庵には為す術がなくただただ2人の抱き合う姿を見つめるしかない。

「ふぶきッ!遊庵が、遊庵がぁ…ッ」

「いい、何も言うな。遊庵が悪い。全ては遊庵の責任だ。ほら遊庵、早く謝れ」

ひしぎを溺愛する吹雪にとっては、事態など飲み込めなくてもとりあえず遊庵を悪者にすればいいらしい。いや、むしろひしぎの方が悪かった場合でも無理矢理遊庵のせいにしかねない。
これ見よがしにひしぎの頭を撫で回す吹雪を、遊庵はキッと睨みつける。

吹雪とひしぎは夫婦だ。しかも、かなりアツアツの。
そして自分はその息子。
この関係をどうにかしない限り、ひしぎを手にいれることはままならない。

遊庵少年はその事で悩んでいた。





「…で、それを僕に話してどうする気?」

面倒くさそうに目を閉じはぁっと溜息を吐いたのは、近所の中学生である時人。ブレザーの遊庵もそうだが、驚くほど学生服が似合わない。人並みはずれた美麗な容姿のせいであろうか。
魚屋村正の一人っ子であるが、親父嫌いが高じて只今家出中だ。
親父が大ッ嫌いという妙な共通点があるせいか、よくこうして会い話をする関係になっている。
今もこうして学校帰り、ゲーセンでアイス片手に談笑している。

「だって、お前くらいしかこんなの話せる奴いねーもん…」

昨晩のことを憂いを帯びた表情でつらつらと話した遊庵。聞いている方には愚痴にしか聞こえず、どこまでも暗い遊庵の態度にうんざりする。普段は明るいヤツなのに、ひしぎの事になると途端にコレだ。時人は音楽ゲームのボタンを叩きながら適当に遊庵の言葉を聞き流していた。

「つーかさぁ、お前毎日一緒にいるクセにまだヤってない訳?うっわ甲斐性ナシー。ヘタレぱんだ!」

「うるせぇ!」

痛いところを突かれた遊庵は声を荒げた。「ヘタレ」という言葉には敏感らしい。

「あーあ…まあ遊庵には協力しといてあげるよ。あの二人を別れさせて、僕は吹雪さんと結婚するんだしーvv」

14歳だというのにマセてる時人は大の吹雪ラバーだ。
吹雪と結婚する、と毎日口癖のように呟いている。
あの熊親父のどこがそんなにいいのか遊庵にはさっぱり分からない。だが、それを言うと「あんな陰気のどこが」と返されるだろうし、人の好みはとやかく言わないでおこう。
仮に吹雪と時人が結婚したとなると、吹雪は村正の子供になる訳で、それはいろんな意味で怖いな…と思いつつも、協力してくれると言っているので遊庵は口を挟まないことにした。


「あ…じゃあコレ貸してあげるから、上手くやれよ?」

そう言って時人は大きな包みを渡した。にっこりと、いたずらを思いついたかのような瞳で。





家に帰って自室の鏡の前、遊庵は白い白いもっさりした頭で悩んでいた。

(どうしよう……マジでカッコ悪ィ)

地毛ではない、カツラだ。それも吹雪の髪型の。
先程時人に渡された包みの中に入っていたものだった。
「髪型だけでも吹雪さんに似せたら少しは振り向いてくれるんじゃない?」というのが時人の言い分。
しかし、吹雪への愛で盲目になっている時人には分からないだろうが、こんなアホな髪型で人前に出れるはずがない。

(どうせなら媚薬とか作ってくれよなー…)

ぶつくさとどこか方向を間違った文句を言ってカツラを外しかけた時。

――コン、コン。カチャリ。

ドアが開いた。
びくりと全身が震える。
ドアを開けた人物を確認するのが怖く、振り向けない。
いや、誰だか分かるからこそ振り向くのが怖いのだ。

丁寧にノックしてこの部屋に来る者など、一人しかいない。

「遊庵、入りま………え?」

やはり入ってきたのはひしぎ。だが、視界に入ってきた白い物体に思わず部屋に入ろうとしていた足を止め、呆気にとられたように口を半開きにして遊庵の髪を凝視する。
遊庵は冷汗をダラダラ垂らしながら必死で言い訳を考えていた。

(えーとえーと、実は歌舞伎教室に通ってるとか…いや、パーマ失敗してこうなった!ダメだ、無理がある…)

なんかもう、いっぱいいっぱいらしい。

と、次の瞬間。

「吹雪ッ!」

「!?」

ひしぎが嬉しそうに顔をほころばせ遊庵に抱きついた。
親猫に甘える子猫のように、すりすりと頬に頬を擦りつけてくる。

遊庵は嬉しいやら訳が分からないやらで頭の中がパニック状態だ。
絹糸のようなきめ細やかな肌の感触が心地よく、手を回された背筋にゾクリと痺れが走る。

「もう、いつ会社から戻られたんですか?言ってくださればよかったのに…」

そう言って遊庵の額やら頬やらにちゅ、ちゅ、とキスを落としていくひしぎ。

柔らかい唇と髪の甘い香り、そして小さな息遣い。
かつてないほど近くにひしぎを感じてクラクラしながら、遊庵は思考停止寸前の頭を必死に働かせて現状を整理する。

(オレの事を親父……吹雪だと思ってる?)


だが――ちょっと待て。
俺はカツラ以外は普段のままだぞ?

って事はなんだ。
ひしぎにとって親父は髪しか見えてないのか。
親父は髪で存在を確認されてるのか。
むしろ髪こそが存在全てなのか。

(………それって、かなり切ない扱いじゃないか?)

生まれて初めて吹雪に同情した遊庵であった。

そんな事を考えてぽけーっとしている遊庵を見て、ひしぎが急に思い出したように口を開く。

「あっ……そうだ、まだでしたね」
「?」

何が?と言いたげな遊庵に、ひしぎは頬を赤く染めてはにかんだ。

「おかえりなさい、の――」


ちゅ。


唇と唇の触れ合う音。

「・・・・・」

ついに遊庵は頭が真っ白になり、その場に固まった。

しかし幸福感に浸る間もなく、ひしぎは一度離した唇をまた遊庵のそれに重ね、今度は舌を絡ませてくる。

左胸が、どくんと鳴るのが分かった。

「んぅ………はぁ、っ…」

ぴちゃぴちゃという唾液が奏でる音と、ひしぎの少し苦しそうな息遣いが混ざり合い、静かな部屋に響く。

待て、これは日常なのか?親父はこんなことを毎日されてるのか?いろいろ考えたが、もうそれは嬉しいことなんだか辛いことなんだか分からない。

目の前には、自分に体を全て預けて寄り掛かり、顔を火照らせ求めるように唇を貪るひしぎの姿。


ややこしい事を考える余裕などない。

「ひしぎっ……!」

華奢な体を押し倒し、上着をたくし上げる。

……頭に乗っている邪魔なものは外して。







ヤバい、これギャグだ…!(笑)吹雪ズラかぶった遊庵がいろいろセンチメンタルになってるなんて!
さすがにそのままじゃ見た目キツいのでいったん切ってみました;


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